深海魚が光るのは、生きるための“戦略”だった──。
この記事では、深海という特殊な環境で生きる魚たちが、なぜ光るのか、どうやって光るのかを科学的に解説します。
深海魚の“光”にはしっかりとした理由があります。
- エサを取る
- 敵から逃げる
- 仲間と合図を送り合う
さらに、NHK『チコちゃんに叱られる!』でも放送され話題になった、「酸素が毒だから光る」という説にも注目します。

深海魚の発光のしくみと、過酷な深海環境での生存戦略を学びましょう。
深海魚ってどうして光るの?

画像提供:OldMateWA(CC BY-SA 4.0)、Wikimedia Commonsより
「真っ暗な深海の中で、魚がピカッと光る──」
そんな不思議な映像をテレビや図鑑で見たことがある人も多いのではないでしょうか?
深海魚には、自分で光を出せる種類がたくさんいます。
まるでライトのように光る目や、チョウチンのように頭から光をぶら下げている魚もいますよね。
でも、ここで疑問です。
なぜ、わざわざ光るのでしょう?

実はこの「光る」には、とても重要な意味があるんです。
- 「エサをおびき寄せるため」
- 「敵に見つからないため」
- 「仲間と合図を送りあうため」
など、さまざまな理由があります。
さらに最近では、体にとって“毒になる酸素”を処理するために光るという、ちょっと驚きの説も注目されています。

これは、NHKの『チコちゃんに叱られる!』(2025年1月10日放送)でも紹介され、話題になりました。
では、深海という特別な場所で暮らす魚たちが、
- なぜ光るのか?
- どうやって光るのか?
- 光と酸素にはどんな関係があるのか?
を、科学的にやさしく解説していきます。
深海とはどのような環境か?
海の中は、深くなるほど光が届かなくなります。
私たちが海辺で見る青く明るい海は、実は「ごく浅い場所」だけの世界です。
では、「深海」と呼ばれるのは、どれくらいの深さなのでしょうか?
深海=水深200メートルより深い場所
一般的に、海の深さが200メートルを超えると「深海」と呼ばれます。
このあたりから太陽の光がほとんど届かなくなり、水中は昼でもほぼ真っ暗です。
さらに深くなると「無光層(アフォティックゾーン)」と呼ばれ、光がまったく届かない完全な暗闇になります。
深海の特徴① 暗い
深海は、太陽の光が届かないため、常に暗闇です。
そのため、目が退化した魚や、逆に光を敏感に感じ取る目を持った魚もいます。
また、自分で光を出せる「発光生物」が多く暮らしています。
深海の特徴② 冷たい
深海の水温は、場所によっては2〜4℃程度しかありません。
浅い海とは違い、深くなるほど水は冷たくなり、一定の温度で安定しています。
こうした冷たい環境でも生きられるよう、深海生物は特別な代謝のしくみを持っています。
深海の特徴③ 水圧が高い
水の中では、深くなるほど重い水に押されて「水圧」が強くなります。
水深10メートルで約1気圧(地上と同じ圧力)なので、水深1000メートルでは100気圧以上の圧力になります。

100気圧って、どれくらいの力か想像できますか?
実は、1平方メートルあたりに自動車1,000台分の重さがのしかかっているくらいの強さなんです。
人の体の表面積はだいたい1.5平方メートルくらいなので、全身で受けるとすると、1,500台分の自動車の重さを体で支えるようなもの。
そんなすごい圧力がかかったら、もちろん人の体は耐えられません。まさに「押しつぶされる」レベルのすさまじさです。

深海魚の体は、この高圧でも壊れないように柔らかく、つぶれにくくできています。
深海の特徴④ 酸素が少ない
深海は水の流れが少なく、酸素がとても少ない環境です。
生き物にとって酸素は必要ですが、深海ではその酸素が手に入りにくく、しかも「酸素が多すぎると体にダメージを与える(酸化ストレス)」という問題もあります。

この「酸素」と「光ること」の関係は、のちほど詳しく解説します。
深海は過酷な世界
このように、深海は
- 暗くて
- 冷たくて
- 押しつぶされそうで
- 息もしづらい
…という、かなり過酷な世界です。
それでも、そこに適応した不思議な生き物たちが暮らしていて、中には“自ら光る魚”もたくさんいます。
深海魚が光る5つの目的
深海魚が光る理由は、ただの「不思議な特技」ではありません。
それぞれの光には、ちゃんとした“意味”があります。
ここでは、研究で明らかになっている主な5つの目的をご紹介します。
① 獲物をおびき寄せる(捕食のため)

ある深海魚は、自分の発光器を「エサのように動かす」ことで、小さな魚やエビを引き寄せます。
たとえば、有名なチョウチンアンコウは、頭からのびた「エスカ」と呼ばれる器官を光らせて、獲物が近づくのを待ちます。
その光に引き寄せられてきた獲物を、大きな口で一気に飲み込むのです。
② 自分の姿を隠す(カモフラージュ)

「光っていると目立ってしまいそう…」と思うかもしれませんが、逆に、光ることで自分の姿を隠す魚もいます。
たとえば、ホウライエソという魚は、お腹のあたりに発光器を持っています。

【ホウライエソ】画像提供:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)、
この光は、海の上からわずかに差し込む光に合わせて調整され、体の影を消す効果があります。
この方法は「カウンターイルミネーション(逆光消し)」と呼ばれ、敵に見つからないように背景と同化する戦略です。
③ 敵の目をくらませる(防御のため)

敵に襲われたときに、強い光を発して驚かせる魚もいます。
強い光によって、相手の目をくらませて、逃げるチャンスを作ります。
この方法は「フラッシュ発光」と呼ばれ、カメラのフラッシュのように一瞬だけ強く光るのが特徴です。
④ 仲間と合図を送る(通信のため)

深海は暗いため、目で見て合図を送り合うのがむずかしい場所です。そこで、光が「言葉の代わり」になります。
特定のパターンで光ることで、「ここにいるよ」「ついてきて」といった合図を送ると考えられています。
このような光を使った通信は、群れで行動する深海生物の間で特に重要です。
⑤ 周囲を照らす(探索のため)

目の下や体の先端に光を持つ深海魚は、周囲を照らすために光を使います。
たとえば、ヒカリキンメダイは目の下にある発光器で前方を照らし、エサを探します。

Gubbi0us, CC0, ウィキメディア・コモンズ経由で
懐中電灯のように使うことで、暗闇の中でも効率よくエサを見つけることができます。
このように、深海魚が光る目的は「生きのびるため」のものばかり。
自然界では、光も“武器”や“道具”として利用されているのです。
深海魚が光るメカニズム(生物発光)

深海魚が光るしくみには、「からだの中で光を作る」タイプと、「バクテリアの力を借りて光る」タイプの2つがあります。
これらはどちらも「生物発光(せいぶつはっこう)」と呼ばれ、深海生物にとってとても大切なしくみです。
① 自分のからだで光を作るタイプ(自家発光型)
自分のからだで光を作るタイプの深海魚は、体の中にある「発光器(はっこうき)」で光を作ります。

光が生まれるしくみは、化学反応です。
中でもよく知られているのが、「ルシフェリン」と「ルシフェラーゼ」という2つの物質です。
- ルシフェリン:光を出す材料
- ルシフェラーゼ:反応を助ける酵素(こうそ)
- 酸素:反応に必要な気体
この3つが反応すると、熱をほとんど出さない光(冷光)が生まれます。
このような光はホタルやクラゲ、深海魚などで見られます。
② バクテリアといっしょに光るタイプ(共生発光型)
もう一つのタイプは、「光るバクテリア(発光細菌)」の力を借りて光る方法です。
たとえば、チョウチンアンコウの頭についている“エスカ”の先端は、実はバクテリアの住みかになっています。
このバクテリアが光を出していて、魚はその光を使って獲物を引き寄せたり、自分の存在を知らせたりしています。
このように、自分では光を作らず、バクテリアと協力して光っているのが「共生発光(きょうせいはっこう)」です。
生物発光の特徴
生物が出す光には、いくつかの特徴があります。
- 熱がほとんど出ない(冷光)
- 酸素が必要
- 必要なときにだけ光る(エネルギーの無駄を防ぐため)
これらの特徴が、深海という厳しい環境にぴったり合っているのです。
酸素との関係:“光るのは酸素が毒だから?”という説
深海魚が光る理由について、これまでに紹介したように「捕食」「カモフラージュ」「通信」などの目的が知られています。
しかし、最近の研究では、もっと根本的な理由があるのではないかという新しい説も注目されています。
それが、
という説です。
深海には酸素が少ない…でも“少しの酸素”が問題に?
深海は酸素がとても少ない場所です。
けれど、「酸素が少ない=安全」とは限りません。
実は、少しだけある酸素が、逆に体を傷つけることがあるのです。

私たちの体でも、酸素が強く反応すると「酸化ストレス」という現象が起きます。
これは、細胞をサビつかせるようなダメージを引き起こすことがあります。
深海魚も同じで、酸素をうまく使わないと、体にとって“毒”になってしまう可能性があるのです。
NHK『チコちゃんに叱られる!』で紹介された説
この「光って酸素を処理している」という説は、2025年1月10日放送のNHK『チコちゃんに叱られる!』でも紹介されました。
「深海魚が光るのは、体にとって有害な酸素を安全なかたちで使いきるためです」
「ルシフェリンという物質が、酸素と反応して光を出すことで、酸素の害を減らしていると考えられます」
つまり、光ることは深海魚の“呼吸の調整”や“酸素処理”の一部であるという考え方です。
科学的にどうなの?
この説は、まだ研究の途中ですが、
- 生物発光には酸素が必要
- 酵素反応を通じて酸素を使う
- 酸化ストレスを減らす働きもありそう
という点で、科学的な根拠に合致する可能性があります。

実際、ホタルなどの生物でも、「発光=酸素代謝の副産物」という見方は以前から知られており、深海魚にもそれが当てはまるのではないかと考えられています。
このように、「光るのは獲物を取るため」などの理由に加えて、「光ることで酸素をうまく使い、身を守っている」という新しい視点が研究されているのです。
まとめ:深海魚の発光は環境適応の成果
ここまで、「なぜ深海魚は光るのか?」について、科学的な視点からさまざまな理由を見てきました。
改めてポイントを整理してみましょう。
深海魚が光る理由は?
- エサをおびき寄せるため
- 敵から身を守るため
- 仲間と合図を送り合うため
- 暗闇の中を照らすため
- 体に有害な酸素を処理するため(「チコちゃんに叱られる」でも紹介された)
光る仕組みは?
- ルシフェリンと酸素が反応して光を出す(自家発光)
- 発光バクテリアと協力して光る(共生発光)
どちらも、生きるための進化したしくみです。
なぜ光が重要なのか?
深海は、私たちが暮らす地上とはまったく違う世界です。
- 光が届かない真っ暗な空間
- 高い水圧
- 冷たくて酸素も少ない過酷な環境
そんな場所で生きる深海魚にとって、「光ること」は生き残るための武器であり、知恵であり、戦略なのです。
科学はまだ発展途中
深海の生き物については、まだわかっていないことがたくさんあります。
特に「光と酸素の関係」などは、今まさに研究が進められているテーマです。
「なぜ光るのか?」という問いから、生物の進化や環境への適応、さらには酸素や酵素のはたらきまで、幅広い科学の世界にふれることができます。

これをきっかけに、あなたも「深海」や「生き物の進化」にもっと興味を持ってもらえたらうれしいです。