私たちのまわりの宇宙には、見えないのに、強い重力だけを発揮している“不思議な物質”があると考えられています。
その名はダークマター。光らないため直接見ることはできず、正体は長いあいだ謎のままでした。
ところが最近、このダークマターを「ついに見たかもしれない」というニュースが大きな話題になりました。
東京大学の研究チームが、NASAのガンマ線観測衛星「フェルミ」の15年分のデータから、ダークマターが出した可能性のある特別なガンマ線を見つけたというのです。
もしこれが本当にダークマターのサインなら、科学の教科書が変わるほどの大発見になります。
ただし、まだ「発見確定!」と言える段階ではなく、世界中の研究者が慎重に確認を進めているところです。
この記事では、このニュースがどうすごいのか、そしてダークマターの謎にどこまで近づいたのかを、最新の研究をもとに分かりやすく解説していきます。
(※この記事は2025年12月1日に執筆しています。)
ダークマターって何?

出典:NASA
見えないのに「ある」と分かる物質
宇宙には、星やガスなどの“見えるもの”だけでは説明できない、不可解な重力の働きがあります。

たとえば銀河は高速で回転しているのに、バラバラに飛び散らず、形を保ち続けています。
この理由として考えられているのが、光では見えない物質ダークマター(暗黒物質)です。
ダークマターの正体は見えないけれど……
- 光を吸収しない
- 光を反射しない
- 光を放出しない
そのため、どんな望遠鏡でも直接とらえることができません。
しかし、ダークマターは「重力だけは強く働く」という性質を持っています。
宇宙にどれくらいあるの?
観測と計算の結果、宇宙を構成する割合は次のようになると考えられています。
| 成分 | 宇宙に占める割合 | 特徴 |
|---|---|---|
| ふつうの物質(星・ガス・人類など) | 約5% | 見える・触れる・光と相互作用する |
| ダークマター | 約27% | 光らないが重力を持つ |
| ダークエネルギー | 約68% | 宇宙を加速膨張させるとされる |

つまり、私たちが直接見ることができる宇宙は、全体のほんの一部にすぎないのです。
どうして正体が分からないの?
ダークマターは光とほとんど関わらないため、直接観測できません。そのため、
- 銀河の回転の速さ
- 銀河同士の動き方
- 重力レンズ(重力で光が曲がる現象)
などを分析することで、存在を間接的に推測するしかありません。
次は、このダークマターの正体候補として注目されてきた「WIMP(ウィンプ)」について、さらに分かりやすく紹介していきます。
WIMPってどんな粒子?

ダークマターの“有力候補”として注目されてきた粒子
ダークマターの正体にはいくつかの候補があります。
その中でも長いあいだ最有力とされてきたのが、WIMP(ウィンプ)と呼ばれる粒子です。
正式名称は「弱く相互作用する質量を持つ粒子」。

名前のとおり、WIMPは普通の物質とはほとんど反応しないため、どんな実験でもつかまえられない「気配のうすい粒子」だと考えられています。
WIMPの特徴
- とても重い(電子や陽子よりもずっと重い)
- 相互作用が弱い(物質をすり抜けるように通り抜ける)
- 光と反応しない(見えない・写らない)
これらの性質のため、観測が難しいのも当然ですね。WIMPは「もし存在しても、地球の周りを通り抜け続けている」と考えられています。
唯一の“手がかり”とは?
WIMPには、観測につながる重要な性質が1つあります。
| WIMP同士が衝突したとき | 何が起こる? |
|---|---|
| WIMP + WIMP | 対消滅が起き、ガンマ線などの粒子を放出する |
この対消滅で生まれるガンマ線が、WIMPを探す手がかりとされています。
もし宇宙のどこかで、この特徴的なガンマ線が見つかれば、WIMPの存在を強く示す材料になるのです。
今回のニュースとのつながり

東京大学の研究チームが話題になったのは、この「WIMPが出すはずのガンマ線」に似た信号を、NASAの観測データから見つけた可能性があるからです。
次は、その「特別なガンマ線」がどのように発見されたのか、その仕組みを分かりやすく紹介します。
東大チームが見つけた“20GeVガンマ線”とは?

15年分のデータから見つかった特別な光
今回注目されているのは、東京大学の研究チームが発見した20GeV(ギガ電子ボルト)付近で強くなるガンマ線です。
これは通常の天体ではあまり見られない、非常に高エネルギーな光です。
調べたのは「銀河の中心」ではなく「ハロー」
研究チームは、NASAのガンマ線観測衛星「フェルミ(Fermi-LAT)」が15年間集めたデータを解析しました。
しかし、ただ銀河中心を見たわけではありません。
- 銀河中心 → 星やガスが多すぎて“光が多すぎる場所”
- 銀河ハロー → 星が少なく、ダークマターが多いとされる領域

そのため、銀河中心を取り囲む「ハロー」部分に注目することで、ダークマターの信号を見つけやすくしたのです。
既知の光を「モデルから引き算」する方法
解析では、次のような“既に知られているガンマ線”をモデルを使って取り除きました。
- パルサーなどの点源のガンマ線
- 宇宙線とガスの衝突で生じるガンマ線
- 銀河外からの一様な背景
- 「フェルミバブル」などの大規模構造
それらをすべて差し引き、最後に残ったものが「正体不明のガンマ線」でした。
その正体不明の光の特徴とは?
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| エネルギー | 約20GeV付近でピークになる |
| 広がり方 | 銀河中心に向けてなめらかに強くなる、球状の分布 |
| 理論との一致 | ダークマターの「ハロー」で予測されていた分布に似ている |
なぜWIMPが関係しているの?
WIMP同士が衝突すると、対消滅が起き、ガンマ線を放出すると理論で予測されています。
そのガンマ線は、エネルギーの分布に特有の“山”をつくります。

今回見つかったガンマ線の形が、この理論で予測されていた形に似ていることから、研究チームは「WIMP対消滅によるものかもしれない」と考えています。
次は、この発見がすぐに「ダークマター発見!」と言えない理由と、世界の研究者がどの点を慎重に見ているのかをわかりやすく解説します。
「これはもうダークマター確定?」その疑問に答えます

結論:まだ「ダークマター発見」とは言えない
今回の発見はとても興味深く、世界中の研究者が注目しています。
しかし現時点では、「ダークマターを見つけた!」と確定する段階にはありません。
理由1:ほかの天体現象でも説明できる可能性がある
過去には、ダークマターらしい信号が「ミリ秒パルサー」など、別の天体で説明できた例もありました。今回の20GeVガンマ線も、
- 未知の天体からの放射
- 背景のモデル化が不十分だった場合の誤差
など別の原因で生じている可能性が残されています。
理由2:同じ信号が“他の場所”で見つかっていない
もし今回のガンマ線が本当にダークマター由来なら、ダークマターが多い他の天体――たとえば矮小銀河(わいしょうぎんが)――でも同じ特徴の信号が観測されるはずです。
しかし現時点では、矮小銀河から同じ形のガンマ線が確認されていません。
理由3:別チームによる「独立解析」が必要

科学では、ほかの研究者が同じデータを使って解析し、同じ結果が再現できることが重要です。
つまり、
- ほかの研究チームが同じデータを別の方法で解析する
- それでも20GeVの特徴的なガンマ線が現れる
という“再現性”がまだ確認されていません。
それでも今回の成果は大きな一歩
20GeV付近で強くなるガンマ線は、偶然では説明しにくく、ダークマター由来の可能性がこれまでより一段と高まったのは確かです。
次は、「これからの観測で何が分かるのか」「ダークマター確定への道のり」について紹介します。
これから何が分かる? ダークマター研究の次のステップ

ステップ1:ほかの研究チームが再現できるか
今回の発見が本物かどうかを確かめるうえで、最初に重要になるのは「再現性」です。
科学では、別の研究グループが同じデータや別の手法で解析しても、同じ結果が出ることが求められます。
- ほかのチームが、同じFermi-LATのデータを解析する
- それでも20GeV付近で特徴的なガンマ線が現れるかを確認する
こうしたチェックが進むことで、「偶然ではなかったのか」「解析方法に問題はなかったか」が少しずつ明らかになっていきます。
ステップ2:別の天体からも同じ信号が見えるか
次のポイントは、「別の場所」からも同じような信号が見つかるかどうかです。
もし今回のガンマ線がダークマター由来なら、ダークマターが多い別の天体でも似た信号が観測されるはずです。
- ダークマターが豊富とされる矮小銀河(わいしょうぎんが)
- 銀河団など、ダークマターが集中している天体
こうした場所からも同じ特徴のガンマ線が見つかれば、「ダークマターのサインである」可能性は一気に高まります。
ステップ3:新しい観測装置による“決定打”に期待
今後の観測では、新しい望遠鏡の活躍も重要になります。
その一つが、国際プロジェクトとして進められているCTAO(チェレンコフ望遠鏡アレイ)です。
- これまでより高い感度でガンマ線を観測できる
- エネルギーごとの細かいスペクトル(強さの分布)を調べやすい
- 空の広い範囲を観測し、似た信号を探すことができる
CTAOのような望遠鏡で同じ特徴のガンマ線が確認されれば、今回の結果はさらに強力な裏づけを得ることになります。
「ダークマターを見た」と言える日は来るのか
こうした検証が積み重なり、世界中の研究者が「これはダークマター由来のガンマ線だ」と納得したとき、初めて「ダークマターを見た」と胸を張って言えるようになります。
もし今回の信号が本当にダークマターによるものなら、私たちは宇宙最大級の謎のひとつに、今まさに手を伸ばしているところです。

その先には、まだ誰も知らない新しい物理法則が待っているかもしれません。
この記事のまとめ

ダークマターは宇宙の約27%を占めるとされる謎の物質で、光を出さず直接見ることができません。
今回、東京大学の研究チームがNASAのフェルミ衛星のデータを解析し、天の川銀河のハローから20GeV付近で強くなる特徴的なガンマ線を発見しました。
このガンマ線の広がり方やエネルギー分布は、これまで理論で予測されてきたWIMP(ウィンプ)同士の対消滅に近いとされ、ダークマターを直接とらえた可能性があるとして注目されています。
ただし、同じ信号が他の天体でも見つかるかどうか、別の研究チームが独立解析で再現できるかなど、まだ多くの検証が必要です。

確定には時間がかかりますが、今回の発見はダークマター研究が一歩前へ進んだ重要な成果だと考えられています。
参考リンク集
- 東京大学 大学院理学系研究科・理学部 プレスリリース(日本語)
Press Releases - 東京大学 大学院理学系研究科・理学部東京大学 大学院理学系研究科・理学部のプレスリリース情報です。 - Newsweek日本版(元記事)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/technology/2025/11/579985.php - ITmedia NEWS
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2511/29/news038.html - マイナビニュース TECH+
https://news.mynavi.jp/techplus/article/20251128-3732117/ - NHK科学文化部(X / 旧Twitter)
https://x.com/nhk_kabun/status/1994966742372946369 - SciTechDaily(英語)
https://scitechdaily.com/in-a-first-for-humanity-scientists-may-have-finally-seen-dark-matter/ - ScienceDaily(英語)
https://www.sciencedaily.com/releases/2025/11/251129053349.htm - 原著論文(arXiv)
https://arxiv.org/abs/2507.07209
✨ おまけ:宇宙の「かくれんぼ物質」がバレたかも?(小学生向けまとめ)
今回の難しいニュースを、もっと簡単な言葉でまとめてみよう!
宇宙は「見えないふしぎな力もち」だらけ
広い宇宙には、光らないから見えないけど、強い力(重力)で星々を引っ張っている「かくれんぼ物質」がいます。
これがダークマターです。
ダークマターは、宇宙全体の約95%を占める「見えないもの」チームのリーダーみたいな存在です。
東大チームの作戦成功!
ダークマターはふだん、誰ともケンカしない「おとなしい子」WIMP(ウィンプ)だと考えられています。でも、WIMP同士がたまにぶつかると、「ガンマ線」という特別な光を出します。
東大の研究者の方々は、宇宙のど真ん中(銀河中心)は星の光でうるさいから、あえて静かな「銀河のそとがわ」を、NASAの大きな望遠鏡(フェルミ衛星)の15年分のデータでじーっと調べました。
その結果、「これはWIMPがケンカして出した光にそっくりだ!」という特別な光を見つけたのです。
すぐに「見つけた!」とならない理由
残念ながら、まだ「見つけた!」と大声で言えません。
なぜなら、
- もしかしたら、宇宙の他のふしぎな光かもしれない。
- 他の銀河でも同じ光が見つかって、「やっぱりWIMPだ!」とみんなが納得する必要がある。

でも、今回の発見は宇宙の最大の謎を解くための、すごーく大きなヒントになりました。これから世界中の科学者たちが協力して、この謎に挑みます!

