前回の記事では、紙の筒を押したときに現れる「吉村パターン」を、自然が力をうまく逃がすために生み出す“折り紙構造”として紹介しました。
今回は、その形がどうやって決まるのかを、エネルギーと数式の視点から、もう少しだけ深く見ていきます。
キーワードは「最ラク構造」。
自然はいつでも、“がんばり”の合計がこれ以上減らせなくなるところまで形を変えます。
その結果として現れるのが、あの吉村パターンなのです。
🚀 第1のひみつ:自然は「がんばり」の合計を最小にしたい!
自然界のものは、いつでもいちばん安定で楽な形になろうとします。
これをエネルギー最小の法則と呼びます。
ものが変形するとき、その中には「がんばりのエネルギー」がたまります。
紙の場合、考えるエネルギーは主に2つです。
\[ U = U_{\mathrm{bend}} + U_{\mathrm{compress}} \]
- \(U_{\mathrm{bend}}\): 曲げるときにたまるエネルギー(反りが大きいほど増える)
- \(U_{\mathrm{compress}}\): 押し縮めたときにたまるエネルギー
この合計 \(U\) が最も小さくなるように、紙は自ら形を変えます。
紙が勝手に折れているのではなく、「もう、これ以上がんばれない!」と全体のエネルギーを下げる方向に動いた結果が、吉村パターンなんです。
💡 第2のひみつ:形が変わる「境目」を数式でとらえる!
1. 「いつ、形が変わり始めるか?」臨界応力
円筒を押し続けると、ある強さを超えた瞬間、まっすぐな筒より「波打った筒」の方が \(U\) が小さくなります。
この「まっすぐではいられなくなる境目」の力の強さを臨界応力といいます。
これは次のシンプルな数式で表されます。
\[ \sigma_{\mathrm{cr}} = \frac{E}{\sqrt{3(1-\nu^2)}}\frac{t}{R} \]
- \(E\):材料のヤング率(かたさ)
- \(\nu\):ポアソン比
- \(t/R\):薄さの指標(厚さ \(t\) ÷ 半径 \(R\))。この値が小さいほど座屈しやすい。
この式は、「理想的な筒なら、どれくらいの力で形が変わり始めるか」の目安を示しています。
長さ \(L\) は式に出てきません。
これは、座屈が全体ではなく部分的(局所的)に起こるため、主に薄さ \(t/R\) で決まるからです。
2. 最初に現れる「波の形」(モード)
臨界応力を超えると、筒の表面は波打ち始めます。
その波の形 \(w(x,\theta)\) は、波を重ね合わせた式で表せます。
\[ w(x,\theta) = W \sin\!\Big(\frac{m\pi x}{L}\Big)\cos\!\big(n\theta\big) \]
- \(m\):軸方向(縦)の波の数
- \(n\):周方向(ぐるり)の波の数
この数式は、「どんな波の組み合わせで \(U\) をいちばん下げられるか」を示しています。
見た目では、軸と周の両方向に細かい斜めのしま模様が現れます。
💎 第3のひみつ:「ひし形」になるのは幾何学的な宿命!
1. 「伸びないで曲がる」という選択
座屈した後も、紙はほとんど伸び縮みしません。
そこで、エネルギーを抑えるために、紙は「面を伸ばさず、曲げだけで形を変える」道を選びます。
これを等長変形といい、数式ではガウス曲率 \(K\)(=2つの曲率の積)がほぼゼロになります。
このような面は展開可能面と呼ばれ、まさに紙を折るときのように、「破らずに変形できる」形です。
2. なぜ「ひし形」になるの?
この「伸びずに曲がる」条件を守るために、曲がりの方向が変わる境目が折れ線(Crease)として現れます。
その折れ線が山折りと谷折りを交互に繰り返すと、表面にひし形(ダイヤ状)の模様が自然に生まれます。
これが吉村パターンの正体です。
- 面を伸ばすこと(面内エネルギー)を避ける
- 曲げることで形を変える
- 結果として、最も安定な「三角メッシュ状の折れ線ネットワーク」ができる
3. 寸法を決める幾何学ルール
吉村パターンでは、筒の寸法と模様の角度 \(\alpha\) の間に、次のような関係があります。
\[ 2\pi R = 2n a \cos\alpha,\quad L = 2m a \sin\alpha \]
- \(a\):ひし形を作る三角の辺の長さ
- \(n, m\):周方向と軸方向の分割数(ダイヤの数)
つまり、力の安定性(エネルギー最小)と幾何の制約(伸び縮みしない)が、同じ答え「三角メッシュ構造」にたどり着くんです。
🌍 まとめ:自然は「最適解」を計算している!
吉村パターンを通して見えてくるのは、自然がいつも「いちばんラクで、がんばらずにすむ形」を選んでいるということです。
これは、「全体のエネルギー \(U\) がこれ以上減らないとき、その形は安定している」という意味です。
このシンプルな法則が、シャボン玉が丸くなる理由も、木の枝が広がる理由も、そして紙の筒が吉村パターンになる理由も説明しています。
自然はいつも、見た目よりずっと数学的。
吉村パターンは、その美しい“最適解”を目に見える形で教えてくれています。


